動物人工関節センター

動物人工関節センターとは

動物人工関節センターは、人工股関節全置換術(Total Hip Replacement:THRまたはTotal Hip arthoplasty:THA)に特化した藤井寺動物病院の整形外科部門です。難治性の股関節疾患の動物が、疼痛から解放されQOL(Quality of Life:生活の質)の高い生活を送れるよう、欧米の一部の大学や専門病院で実施されている先端治療と同等の治療の提供を目的として設置しました。
医学領域と同じく欧米の獣医学領域においても、現在、数種類の人工股関節が臨床応用されており、近年、人工肘関節や人工膝関節の臨床応用も始まっています。当センターでは、安全かつ低侵襲な人工股関節手術の提供を目的とし、その時期に最良の機種と考えられる人工股関節を導入し、クリーンルームにて手術を行います。人工股関節の手術には高度な技術が不可欠ですが、欧米の専門施設での定期的な研修やメーカー主催の講習への参加など、常に改良点、改善点を考え精進しています。最良、最善の手術、リハビリテーションの提供を目的としています。
現在、日本では欧米に比して、人工股関節の手術が可能である施設は少なく、ルーチンとしている施設は限られた数施設と思われます。 このため、人工股関節の特性が正確に理解されておらず、偏り誤った知識をもって欠点のみが誇張され、手術時期を逸している例にも遭遇します。
手術を受ける、受けないに関わらず、手術の目的および治療効果、合併症、合併症が起きた場合の対処法などについて詳細なインフォームド・コンセントを徹底しておりますので、お気軽にご相談下さい。

症例 ラブラドールレトリバー

症例 ラブラドール・レトリバー 股関節形成不全

[2004年]
生後7ヵ月齢にて左側股関節(写真向かって右側)にチューリッヒセメントレス人工関節全置換術施術。

[ 2009年]
5歳齢にて膝関節の前十字靭帯断裂のため左右にTPLOを施術。
同時に右股関節(写真向かって左側)にBFXセメントレス人工関節全置換術を施術。
中・大型犬における当院の全置換術では、年齢や骨形態など個体の状態に応じて、BFXセメントレス法、チューリッヒセメントレス法、BFX / CFX Hybrid法などと術式選択を行います。

当院における中・大型犬の全置換術では、人の人工関節全置換術を行う多くの施設で採用されている手術用ヘルメット(宇宙服のようなスタイル)を着用し防護に務めます。
当院における中・大型犬の全置換術では、人の人工関節全置換術を行う多くの施設で採用されている手術用ヘルメット(宇宙服のようなスタイル)を着用し防護に務めます。
当院における小型犬・猫の全置換術では、一般的な手術で使用される綿製ガウンではなく、ディスポーザブルの不織布製ガウンを着用し防護に務めます。

当院における小型犬・猫の全置換術では、一般的な手術で使用される綿製ガウンではなく、ディスポーザブルの不織布製ガウンを着用し防護に務めます。

活動内容

1)股関節疾患の犬、猫の飼い主さまへの、人工関節を含む各種治療法の情報提供、手術およびリハビリテーションの実践。2)学会発表、講演などによる治療方法、治療成績の公表。3)人工関節について高い技術と知識を持った獣医師、看護士などの人材育成。

当センターからのメッセージ

このホームページは動物の人工股関節について正確な情報の公刊を目的として、私どもの病院で行っている人工関節を用いた治療の長所、短所についてまとめています。しかしながら、私どもの治療成績が必ずしも他施設と同等かは不明であり、施設によって治療成績および予後、認識、見解が異なっていると思われます。

人工股関節全置換術(THR)は、どこでも受けられる手術ではなく、トレーニングを受け技術を習熟した執刀医でなければ良好な結果は得られないのが事実です。このため当施設では手術前後を含めた治療計画、予想される治療効果、想定される合併症・対応法について詳細なインフォームド・コンセントを行います。

飼い主様自身が執刀獣医師とよく相談し、治療について十分に理解・納得され治療を受けることが重要です。

股関節のしくみ

股関節は大腿骨(だいたいこつ:太ももの骨)の先端にある球状の大腿骨頭(だいたいこっとう)が、骨盤の寛骨臼(かんこつきゅう)というお椀状の骨にはまり込むような形で構成されている球関節(きゅうかんせつ:ボールと受け皿による関節)です。

大腿骨頭が寛骨臼にしっかり組み合わさって、周辺の筋肉などと協調することで、関節は安定し身体を支えたり、後肢を動かすことができます。

関節の表面は軟骨(なんこつ)という滑らかな組織で覆われており、軟骨は力を吸収するクッションの役割や関節を滑らかに動かす働きなどをしています。

正常の股関節(背側)。
正常の股関節(背側)
寛骨臼に大腿骨頭がしっかりと組み合わさっています

正常の股関節(腹側)。
正常の股関節(腹側)

股関節を痛めると

股関節が故障すると痛みを伴い、散歩や後ろ足で立ち上がるなど何気ないことが困難となります。強い痛みは犬の性格を変化させることもあり、痛みのために気性が荒くなり飼い主に噛みついたりする症例や、痛みのために元気や食欲が低下している症例なども経験されます。

股関節が亜脱臼を起こすと大腿骨頭と寛骨臼の組み合わせがくずれ、正常な球関節として機能しなくなり骨関節炎を起こします。その結果、軟骨がすり減り、骨がこすれて変形(骨棘:こつきょくの形成)し、個体により進行速度は違いますが骨関節炎を悪化させていきます。

犬や猫が股関節を痛める原因としては、股関節形成不全(CHD)や股関節脱臼、レッグ・ペルテス病、大腿骨頭や大腿骨頚の骨折などが知られています。

CHDにより亜脱臼を示す股関節(背側)
CHDにより亜脱臼を示す股関節(背側)

CHDにより変形し凹凸(骨棘)が形成された股関節(腹側)
CHDにより変形し凹凸(骨棘)が形成された股関節(腹側)

CHDにより亜脱臼、変形し凹凸(骨棘)が形成された股関節(腹側)
CHDにより亜脱臼、変形し凹凸(骨棘)が形成された股関節(腹側)

人工関節全置換術とは?

THRとは、悪くなった関節部分の骨を取り除き、金属やポリエチレンで構成される人工関節に置き換える治療法です。関節の痛みの原因を全て取り除くため、手術後は痛みのない日常生活を可能とする治療法です。

人工関節の固定方法にはセメント法とセメントレス法の2種類があり、セメントレス法にも幾つかの固定方法がありますが、当施設では個体に応じて執刀医が最適なものを選択します。

セメント法による人工関節構造図
セメント法による人工関節構造図

BFXセメントレス法による人工関節構造図
BFXセメントレス法による人工関節構造図

動物における人工股関節は、正常の股関節の機能を再現するために、大腿骨に挿入するStem(ステム)、大腿骨頭の代わりとなるHead(ヘッド)、寛骨臼(かんこつきゅう)の代わりとなるCup(カップ)から構成されています。

BFXセメントレス人工関節
BFXセメントレス人工関節

ラブラドール・レトリバー、7ヵ月齢、雌。左右のCHDで右側は左側に比して亜脱臼が重度で筋肉の萎縮が顕著です。THRの1年後、左側の寛骨臼の骨棘は増生し骨関節炎の進行を示していますが、左右の筋肉量は顕著に増加しています。現在、術後6年を良好に経過しています。
ラブラドール・レトリバー、7ヵ月齢、雌。
左右のCHDで右側は左側に比して亜脱臼が重度で筋肉の萎縮が顕著です。
THRの1年後、左側の寛骨臼の骨棘は増生していますが、左右の筋肉量は顕著に増加しています。
現在、術後6年を良好に経過しています。

人工股関節全置換術(THR)を受ける前の確認

THRの目的は「日常生活に支障をきたす痛みの除去」です。動物の股関節疾患に対する他の外科的療法と比較すると、THRは最も優れた機能回復を示す治療方法です。

しかしながら、強い痛みがあったとしても鎮痛剤やサプリメントの内服、運動制限で日常生活が可能となることもありますし、変形があった場合でも疼痛を強く感じず日常生活に支障をきたしていないこともあります。

手術が必要なのは、とくに痛みがひどく鎮痛剤投与で痛みの緩和効果がない場合、若齢の動物で将来的に骨関節炎の進行による歩行障害が心配される場合などです。

股関節疾患、例えば股関節形成不全(CHD)1つをとっても、個体により症状や変形の程度は異なり、同一個体においても左右で変形の程度や疼痛の程度、筋肉の萎縮の程度は異なり、同じものは存在しません。

関節疾患に対する経験と知識の豊富な獣医師とよく相談し、THR以外の手術方法を含めて、個体に応じて可能である全ての治療方法について検討されることが重要です。

ヒトの人工股関節全置換術(THR)

ヒトでは人工股関節の治療が始まって50年以上が経過しています。現在、ヒトでは高度に破壊された股関節治療のゴールド・スタンダードして確立された手法です。
医療技術や人工関節の改良、人工関節の加工技術の進歩から人工関節の耐久年数が10~15年と言う時代から20~30年と言う時代へ移り変わり、耐久年数40年と言う時代は目前とも考えられています。
以前は60歳前後で手術を行い短時間、短距離の移動を可能とする時代から、40歳未満の若齢期に手術(例えば20歳代で両側に施術など)を行い、スキーやバレー、ゴルフ、野球、柔道などの高度なスポーツ活動を楽しむものや、子作り、出産などの福音がもたらされています。
人口は高齢化から超高齢化へ変化しており、今後も人工関節全置換術は増加を続けると予想されています。ヒトの人工関節ではセメント法、セメントレス法、Hybrid法が患者さまの骨の状態や活動性などより選ばれます。

動物の人工関節全置換術(THR)

犬では1950年代からTHRにおける手術法、インプラントの材質、デザインが多く検討されましたが、1974年にRichard社(米国)のcanineIIプロステーシスというセメント法の人工関節が導入されるまでは一般的に受け入れられる治療法ではありませんでした。

1983年にOlmsteadらがRichard社の人工関節を190例221関節に使用した報告を発表し、THRが犬の股関節形成不全(CHD)や他の股関節疾患の有効な外科的療法として異論のないものとしました。

1990年にはBioMedtrix社(米国)がBioMedtrixⅠと言うセメント法の人工関節を発売し全世界的に広く普及しました。BioMedtrixⅠは1997年にBioMedtrixⅡ、2002年にCFXと改良され、現在もセメント法による人工関節を使用する施設では最も多く採用されている機種です。

近年、ヒトと同じく犬においてもセメント法の問題点に対応するためにセメントレス法による人工関節が開発され、Kyon社(スイス)、BioMedtrix社、Innoplant社(ドイツ)の3社からセメントレス法による人工関節が市販されています。当施設では、全てのシステム導入しており、骨の状態などに応じて使用する人工関節を決定します。

BioMedtrix CFX(セメント法)

CFXはBioMedtrix社から発売されているセメント法による人工関節です。全世界的に最も普及した動物用の人工関節で、猫や小型犬腫に対応するMicro THRから中・大型犬種まで対応できる幅広いサイズが用意されています。

当院では、猫や小型犬種、セメントレス法が困難である一部の中・大型犬にCFXを使用しています。

なお、CFXおよびMicro THRは、日本国内では薬事承認が得られていないため、当院では農林水産省に個人輸入確認願いを提出し、許可を得て個人輸入しています。

2011年において、Micro THRを導入している施設は国内では当施設のみと思われます。

CFX人工関節構造図。人工関節はセメントで固定されますCFX人工関節構造図
人工関節はセメントで固定されます

CFX人工関節
CFX人工関節

CFX THR。日本猫、1歳齢、雌(避妊済み)、3kg
CFX THR
日本猫、1歳齢、雌(避妊済み)、3kg

チューリッヒ・セメントレスTHP(セメントレス法)

Kyon社(スイス)から発売されているチューリッヒ・セメントレスTHP(Total Hip Prosthesis)は、チューリッヒ大学のTepic、Montavonらにより考案、開発されたシステムで、動物用として最初に発売されたセメントレス法による人工関節です。

インターロッキング形式によりスクリューを用いて人工関節が大腿骨に固定されます。臨床応用開始以降、1998年に最初の改良が行われており、その後、数回の改良を経ている人工関節です。欧米では一部の大学、専門病院で採用されている機種です。

当院では2001年~2004年12月まで第1選択としていた機種で、優れた人工関節の1機種と認識しています。現在、当院の第1選択機種ではありませんが、BioMedtrix BFXセメントレス法で対応困難である一部の犬種、骨形態の異常が極度である一部の症例に対して用いています。
犬用セメントレス人工関節として、日本では2006年に薬事承認が得られています。2010年にも改良が施されており、今後の治療成績の公刊が待たれる機種です。

チューリッヒ・セメントレス人工関節構造図。人工関節はスクリューで固定されます
チューリッヒ・セメントレス
人工関節はスクリューで固定されます

チューリッヒ・セメントレス人工関節
チューリッヒ・セメントレス

チューリッヒ・セメントレスTHR。ジャマーマン・シェパード、8ヵ月齢、雌(避妊済み)
チューリッヒ・セメントレス
ジャーマン・シェパード、8ヵ月齢、雌(避妊済み)

BioMedtrix BFX(セメントレス法)

BFXはBioMedtrix社(米国)から発売されているセメント法による人工関節です。ノースカロライナ州立大学のDeYongらにより14年間をかけて研究開発されたもので、Howmedica社(現Stryker社)のヒト用のセメントレス人工関節であるPCA型人工関節の改良型です。2003年に米国の一部の大学や専門病院など施設限定で臨床試験が行われ、2004年に発売が開始されました。

BFX人工関節はpress-fit(圧迫固定)で初期固定され、porous coating部への骨新生のbone ingrowthにより固定力が増し長期固定されます。

当院では2005年1月にBFXを導入し、国内第1例目の施術以降、現在はBFXを第1選択機種としています。BFXとCFXは互換性を有し。骨の状態に応じてCupをCFX、SremをBFXあるいはCupをBFX、StemをCFXとするHybrid THRも可能であり、CFXを採用した欧米の多くの施設がBFXへの機種変更を検討していると考えられます。
なお、BFXは、日本国内では薬事承認が得られていないため、当院では農林水産省に個人輸入確認願いを提出し、許可を得て個人輸入しています。

BFXセメントレス人工関節構造図
BFXセメントレス人工関節構造図

BFXセメントレス人工関節
BFXセメントレス人工関節

BFXセメントレス人工関節。ラブラドール・レトリバー、7ヵ月齢、雌(避妊済み)
BFXセメントレス人工関節
ラブラドール・レトリバー、7ヵ月齢、雌(避妊済み)

Helica(セメントレス法)

HelicaはInnoplant社(ドイツ)と故Volker Hachにより研究開発され2007年に発売された表面置換型の人工関節です。2008年1月に米国で第1回目の講習が開催され米国での販売が開始されましたが、米国での発売開始前にはカリフォルニア大学デイビス校(UC Davis)で強度試験が行われています。当施設でも第1回目の講習会に参加し、故Volker Hachの手術を見学させて頂き本システムを導入しました。

2010年に術式の改良が行われ、現在、インプラントのデザイン改良が行われています。欧米ではUC Davisなどの一部の大学や一部の専門病院で採用されている機種で、当院でも一部の症例に使用しています。
なお、Helicaは日本国内では薬事承認が得られていないため、当院では農林水産省に個人輸入確認願いを提出し、許可を得て個人輸入しています。

2011年において、Helicaを導入している施設は国内では当施設のみと思われます。

Helicaセメントレス人工関節
Helicaセメントレス人工関節

Helicaセメントレス人工関節。ゴールデン・レトリバー、1歳齢、雌(避妊済み)
Helicaセメントレス人工関節
ゴールデン・レトリバー、1歳齢、雌(避妊済み)

人工関節のデメリット

人工関節は万能の治療技術ではありません。人工関節の手術を受けるだけで、必ずしも完治が望めると言うものではありません。当センターにおいても、欧米における従来の報告と同じく、約10%において合併症を経験しています。

合併症と言うのは、脱臼や弛み、骨折、感染などで、合併症の際には再手術が必要となります。

人工関節の手術を受ける前には、人工関節の長所と短所を正確に理解することが重要です。十分に理解、納得して頂くまで、何度でもご説明しますので、遠慮なくご質問ください。

人工股関節に関する Q&A

人工股関節全置換術(THR)に関して多く受ける質問についてお答えします。

THR後、普通の犬と同じ生活が可能ですか?

日常生活に支障をきたす疼痛から解放し、健常犬と同等の生活を可能とするのが人工股関節全置換術(THR)の目的です。ドッグランなどで走ることも、耳を掻くことも他の犬と遊ぶことも可能です。

当院の施術例では、家族や他の犬と一緒に走り回ったり、フリスビーを楽しむ症例などは一般的な事例として存在しています。

盲導犬育成団体からの手術依頼例では、THR後に盲導犬訓練を修了し盲導犬として活動している症例なども存在しています。

当施設のTHR施術例で獣医大学におけるフォースプレート(床反力計)検査による歩行解析を受けた症例には、最大床反力(PVF)が健常ラブラドール11頭の平均値を超えている症例も存在しています。

関西圏で犬のフォースプレート検査は不可能であるため、当施設の施術例でフォースプレート検査を行ったのはラブラドール・レトリバーの1症例のみですが、当施設の多くの施術例はこの事例に勝るとも劣らない機能回復を示しています。

米国の専門病院におけるTHR施術例では、THR後にフリスビーのチャンピオンになっている事例や猟犬として活動している症例などが存在しています。

THRの入院期間を教えて下さい?

人工股関節全置換術(THR)の一般的な入院期間は、抜糸までの約2週間です。

術後1週間程は、炎症や腫れを抑えるために1日に数回、術部のアイシングを行います。

まれに入院のストレスにより水を飲まなくなったり、排尿をしなくなる個体がいます。このような場合にはTHRの翌日に退院して頂き、自宅で管理して頂くことがあります。

退院後は、自宅における運動制限で管理して頂きます。

退院後の特別な注意点はありますか?

飼い主様による特殊な介助や介護は必要としません。

人工股関節全置換術(THR)の技術を習熟した執刀医によるTHRは退院時に着地・負重し、自力で歩行することが通常は可能です。

犬や猫のTHRでは人のTHRとは異なり、術後、特別なリハビリテーションは基本的に必要としません。

術後3ヵ月間は、引き綱運動(リードを短く持って飼い主の歩行速度に合わせて散歩)による運動制限をして頂くだけです。

術後3ヵ月後の検診で問題がない場合、運動制限は解除となりますので自由にして頂いて大丈夫です。

細菌性の皮膚炎や膀胱炎、歯肉炎、外耳炎などの炎症性疾患は細菌性関節炎の原因となる可能性があるため、飼い主様が犬の生涯において一般的な管理を行えない場合にはTHRは推奨されません。

退院後の検診はありますか?

術後、1ヵ月、2ヵ月、3ヵ月で人工関節に異常がないかレントゲン検査で確認を行います。術後3ヵ月で異常がない場合には運動制限が解除となります。

その後、術後6ヵ月、12ヵ月でレントゲン検査を行い異常がない場合には、1年に1回毎のレントゲン検査を行います。

左右両方の手術が必要ですか?

股関節形成不全(CHD)は90%以上が両側性ですが、当施設の治療例では約70~80%の症例が片側のみの手術で日常生活に復帰しています。

片側の手術を行うことで、人工関節を装着した足が疼痛から解放され萎縮していた骨格筋(太腿の筋肉)が発達すると共に主軸としての機能を有します。

約70~80%の症例では、人工関節を装着した足が主軸として機能することで、手術をしていない反対側の負荷を減らすと共に、人工関節を装着していない足の運動量も増加します。

片側に人工関節を装着することで、人工関節を装着していない足に対しては自然なリハビリテーションの効果を与えるため、人工関節を装着していない足の骨格筋量も増加する症例が70~80%です。

両側の手術を行う症例は治療例の20〜30%となっています。これは術後2~3ヵ月の経過観察を行い、人工関節を装着していない足の機能が上がらない場合や飼い主様が両足とも「治してあげたい」と希望された場合です。

両足、同時に手術は可能ですか?

技術的には可能ですが行いません。

人工股関節全置換術(THR)は約10%において合併症が発現する可能性があります。このため片側の手術後、2~3ヵ月経過観察を行い必要に応じて反対側の手術を行います。

THRの適応年齢

セメント法では一般的に1歳齢以上、セメントレス法ではシステムにより異なりますが、当院で第1選択としているBFXでは7ヵ月齢以上としています。

とくにBFXセメントレス法では中・高齢より若齢での施術例の方が成功率が高いため、飼い主様が人工股関節全置換術(THR)の長所、短所を十分に理解し、経済的に問題ない場合には可能な限り早期(1歳例以下)の施術を推奨しています。

“THRは最終手段”と言う記載と誤解も多くみられますが、当施設では“1歳齢前後の若齢期に疼痛から解放し、最高の機能回復を与えるのがTHR”と認識しています。

THRの適応犬種

セメントレス法(BFXおよびチューリッヒ・セメントレスTHP)では、中型犬種から可能です。

当施設のセメントレス法(BFX)での最小施術犬種は、ボーダー・コリー、13kgです。

猫および小型犬種には、Micro THRというセメント法による人工関節が発売されており、当施設では日本猫、3kgが最小施術例です。

THRの機種選択

現在、数機種の犬用の人工股関節が市販されていますが、それぞれの機種に長所、短所が存在します。このため当施設では、セメントレス人工関節の範疇においても、犬種や年齢、骨格異常の程度、骨の状態などにより、使用する人工関節の機種選択を行います。

セメント法とセメントレス法の選択においては、医学領域でも議論が別れるところです。当施設では動物の人工股関節については、セメントレス法が第一選択ですが、セメントレス法が対応できない一部の個体においてはセメント法を使用します。当施設では個体に応じて人工関節の機種選択が行われるのが理想的だと考えています。

大腿骨頭切除術(FHO)と人工股関節全置換術(THR)の違い?

獣医師からも多く受ける質問ですが、歩様、関節可動域、機能回復の速度と機能回復の程度に雲泥の差がみられます。

FHOでは健常犬に比して可動域が減少するため、術後早期からプログラムされたリハビリテーションの積極的な実施が望まれますが、適切に施術されたTHRでは入院中に行うアイシング以外、特殊なリハビリテーションは基本的に必要としません。

骨格筋量が回復する期間は、FHOが長期間(6ヵ月以上から数年)を必要とするのに対してTHRの殆どは3~4ヵ月程度で可能です。

基本的にFHOを受けられた飼主様は、その機能回復に殆どが満足されます。これはFHOのみを受けられた飼主様は、THRの機能回復を知ることがないためです。

当院でFHOに不満を持たれる事例は、左右両側に施術を受けられた飼主様で片側THR、片側FHOとされた個体です。この場合、THRとFHO、両者の機能回復の差を飼主様が自身の目で確認されるためです。また、周囲にTHRを受けられた個体がおられ、THRの機能回復をみた方はFHOとの差を知ることとなります。

THRの短所

ヒト用の人工股関節では、外国人と日本人で骨格が異なるため、日本人の骨格に合わせた人工関節や、患者個人の骨格に合わせたオーダメイドの人工関節も存在しますが、動物用に関しては数社のシステムで全犬種に対応するため、人工関節が適合しにくい犬種、同一犬種においても骨格の個体差により人工関節が適合しない個体が存在します。

関節周囲組織の弛みが極度に大きい犬種や個体、骨格変形が極度の異常を示す個体などでは装着が不可能となることもあります。

人工股関節全置換術の手技を習熟した執刀医が手術した場合には、ラブラドール・レトリバー、ゴールデン・レトリバー、フラットコーテット・レトリバー、ロットワイラー、ボーダー・コリーなどの犬種は殆どにおいてTHRが成功すると考えられますが、セントバーナード、バーニーズ・マウンテンドッグ、ニューファンドランドなどの犬種はTHRで合併症が多く発現しやすく人工関節が適合しにくい犬種と認識されています。

もし、人工関節が装着できなかった場合も歩けますか?

人工股関節全置換術(THR)の手術は約10%において、合併症が発現し装着が不可能となります。手術中に装着不可能となる症例と術後の合併症により装着不可能となる事例が存在します。

人工関節が装着できない場合、大腿骨頭切除(FHO)と言う形になるため、THRのような早期に健常に近い回復と言うのは困難ですが、日常生活に支障のない機能回復が可能です。歩けなくなったり、足を切断するということはありません。

THRが実施できない症例

基本的に2週間程度の入院を必要としますので、人を噛むなど攻撃的な性格の犬種には対応できません。

極度の骨変形など解剖学的異常が重度の症例では、人工股関節全置換術(THR)が不可能で、大腿骨頭切除術のみしか選択できない症例も経験されます。

細菌性の皮膚炎や膀胱炎、歯肉炎、外耳炎などの炎症性疾患は細菌性関節炎の原因となる可能性があるため、飼い主様が犬の生涯において一般的な管理を行えない場合にはTHRは推奨されません。

飼い主様が疾患、治療に対する説明を理解をしていないと執刀医が判断した場合や飼い主様が術後の運動制限(主に術後3ヵ月間の引き綱運動)、術後検診などの管理に非協力的と予想される場合、THRの依頼を受けることはありません。

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